HOMEぴよぴよ11n> ご挨拶 石原説 色彩の科学 光の波長と色 三原色説では… 信号色の赤 色覚検査 ラッドフランクリンの発生説
 2026年04月26日 (日) 「色 彩 の 科 学」ラ ッ ド・フ ラ ン ク リ ン の 発 生 説
1 2 3

本書中「ヘルムホルツ三原色と色覚異常~ヘルムホルツ説の修正」の最後の章が「ラッドフランクリンの発生説」(117~118n)である。

色覚異常を扱った、この章で三原色説では説明つかない色覚異常者の見ている世界を解説されて来た筆者…。フィック説に続き最後にラッドフランクリン(参照)の発生説を持って来ている。ここに色覚異常の真実が有ると理解されての文章の構成 配置と思える流れだけれど…。

しかし、ラッドフランクリンの発生説について、文献による一辺倒な説明のみとなっていて、その発生説に関して一切のコメントや解説が成されていない事に、尻切れトンボの様な違和感を感じてしまう。

筆者は、色覚異常者の眼の中で起きている現象を「ヘルムホルツの三原色では説明出来ない」と多くの事象で語っているのにラッドフランクリンの発生説で、その続きの解説(特に色覚異常者がの二色視で見ている事に対する理論的根拠)が書かれていない事はとても残念だ。

「筆者による解説(ラッドフランクリン説の理論的正当性と言う部分)が編集時にカットされたのではないのか?」とさえ思えて来る。

それでも、当時(1988年)の世相の中でラッドフランクリン説を外す選択をしなかった、筆者、出版社を評価すべき事柄なのかもしれない。

色覚の発生説に触れる事で石原式色覚検査表を完成された石原忍先生の功績、そして、その後の色覚医療に良くも悪くも影響を与えた歴史を何としても正しい方向に舵を切り直せる様、更なる再生を願うものだ。

花 尚「反対色説段階説」に関しての記述は後の章、へリングの心理学的色覚説の中で語られている。

            
pagetop

 2026年04月19日 (日) 「色 彩 の 科 学」色 覚 検 査 の 功 罪
色覚検査表1 色覚検査表2 色覚検査表3

本書中「原色の欠損としての色覚異常」に「色覚検査の功罪」(113~115n)の項目がある。

この章を読み感ずる事は筆者が「石原式色覚検査表に対しネガティブなイメージを前面に文章を書いている」様に思える事。

本書初版が出版された1988年は、某クリニックと眼科医師会そして大手マスコミを含めた訴訟合戦 真っ最中であったと記憶している。

日本社会に横たわる権力構造の中では、やむを得ない事かも知れないが「中立的な立場で意見が書かれ出版されていたとするなら、その後の色覚医療が変わっていたかもしれない」と思うと、とても残念だ。

言論の自由が保証された民主主義国家日本と言うのは建前だけで、既得権益団体 個人にへつらう事こそが戦後日本の民主主義であるのかも知れない。

            
pagetop

 2026年04月04日 (土) 「色 彩 の 科 学」信 号 色 の 赤 が 危 険 信 号 で あ る 一 つ の 理 由
光の波長と色0 交通信号の色1 交通信号の色2

本書中「原色の欠損としての色覚異常」に「交通信号の色」(112~113n)の項目が有る。

交通信号機の色中、金子先生はを特別な色としてみている。原色の中で、遠くからも確認する事の出来る色はであると筆者である金子先生は答えておられる。危険信号を表す色として的を得ている話だ。

交通信号ではないが、色ダイオードを使った家電製品をよく見かける。昔の自分は、その色ダイオードの発光を探すことにすごく時間がかかっていた。(参照)

小視野第三異常 某クリニック訓練後の自分が変わったと感ずる事の一つに、その色ダイオードを瞬時に見つけられる様になった事がある。色信号機が遠くでも、又色ダイオードが小さな点であっても直ぐに認識できる色とされている事は納得いく話だ。

また視野の周辺部は、の二色視となり、更にその周辺は一色視(白い四角)となると述べられている事はとても興味深い。

それにしても不思議なのは、筆者が色覚異常者、正常色覚者、双方の見え方を良く理解されて文章を書かれている様に思えること。

既に他界された方であるので確認の術はないけれど、もしかしたら…。

            
pagetop

 2026年03月15日 (日) 「色 彩 の 科 学」三 原 色 説 で は 説 明 で き な い 色 覚 異 常
原色欠損,色覚異常0 原色欠損,色覚異常1 原色欠損,色覚異常2 原色欠損,色覚異常3 原色欠損,色覚異常4

本書中「ヘルムホルツの三原色と色覚異常」に「原色の欠損としての色覚異常」(108~111n)と言う項目が有る。

ヘルムホルツ説(三原色説)によれば、テレビ等の発光面がのドットで埋められ、フルカラー映像を形成している様に、人間の眼の網膜には通常を受容する三種の視細胞があり、視神経を通り脳に情報がつながれて色映像を認識しているとみている。(本書41~42n)

そう考えれば、第一異常(赤異常)を受容する網膜視細胞の異常又は欠損、第二異常(緑異常)を受容する視細胞の異常又は欠損となる。 (現代医学も同様な見解)

しかし第一異常第二異常による二色視となる筈が現実は双方共による二色視となる。又を外した二色視では白い四角を認識できない。

三原色説だけで考えれば、テレビ等から又はを取る事で色覚異常者が見ている世界を画面に映す事が出来ると考えるが、そうならないのは人間の眼は三種の視細胞説で説明できる様になってないと理解するべきでしょう。…

石原説」から考えれば赤緑色覚異常とはからへの分化の不完全が原因であるので、当然、第一異常第二異常共にの二色視となる。又、の二色視でも白い四角の認識には問題がない。

専門家方々には「石原説」をもとに眼の色覚認識構造を十分に理解され、一日も早く修正していただきたいと思います。

            
pagetop

 2026年03月08日 (日) 「色 彩 の 科 学」光 の 波 長 と 色
光の波長と色 光の波長と色2

本書中「ニュートンの色彩論」に「光の波長と色」(3~4n)と言う項目が有る。

「光は波動か粒子か?」と言う問い掛けから始まり、そもそも「色とは何か?」と言う問いに筆者である金子先生は「色とは感覚である」と明確に答えておられる。

可視光の波長の違いによって色は違う色として見える事のみを取り上げて論ずれば、色とは物理的な定数によって規定できる物理現象の様に説明することもできる。

金子先生は光で出来た色には純粋にの波長の色光と、の波長との波長の光を混ぜた複合光としての色光が有ることを例として説明されている。

(見えてる)色の違いは光の波長の違いとして理解出来るけれど、光の波長の違いは、必ずしも(見えてる)色の違いとはならない事を例を挙げ説明している。

ニュートンも「光線に色はない、光線には、それぞれの色の感覚を起こすある種の力と性質が有るだけである(本書18n)」と答えておられる。光の波長の違いは色の種別を規定する条件とはならないと理解するべきではないでしょうか?

総じて答えるなら 「色とは、物でも光でもない目で感じて有ると思う事の出来る人の感覚なのです」となります。

花

            
pagetop

 2026年03月01日 (日) 「色 彩 の 科 学」

色彩の科屋

色彩の科学 金子 隆芳著 岩波書店」1988年発刊された単行本だ。金子 隆芳(かねこ たかよし)先生の事は Wikipedia に色々と書いて有り、ご存命中は筑波大学 名誉教授、日本色覚差別撤廃の会 会長を務められたと記されている。

本の内容は「色」に関して多岐にわたっており、そもそも色が見えるとはどういうことか?近現代における色彩 色覚理論、そして歴史、色について探求されてきた人物、そして色覚異常の話、等 心理学的、科学(論理)的視点から解りやすく書かれている。

特に興味を引いたのは、三原色説では説明のつかない混色の話や、色覚異常者が見ている色の世界の話で、一般常識だけでは切りこめない部分に入り込んで実証的な説明がされていることに好感を持った。

専門家として有りがちな、上から目線の論文と言うのではなく、実証的な内容も含めながら、現在通説として用いられている色覚説、色彩学の理論的な限界にも触れられていて好印象な内容となっている。

何回かにわたりこの本に書かれている色についての内容と、このウェブサイトのテーマである「石原説」とを比較しながら「こう考えるべきではないか?」等 個人的な思いのたけも含め書いていきたいと思います。

花

            
pagetop

 2026年02月01日 (日)  石 原 説 に つ い て

覚 の 成
 (青) (青)
明暗< (緑)
  (黄)<
    (赤)
     
第一期 第二期正常色覚
人間の目の色覚成長過程を「石原説」(参照)をもって説明すると、胎生期、人の目は白い四角、■明暗)を感知出来る状態から、白い四角に分化する様に成長する。(実際、分化したを光で混ぜると白い四角として見える)  更に、その中のに分化する様に成長する。(分化したを光で混ぜるととして見える) 光でを混ぜた場合、白い四角として見えるのは、その様な色覚の構造的成長過程が有るからです。

※色とは、目の前の対象物の性質でも、光の性質でもなく、人の主観に属する感覚(それを色覚と言う)で有ることを、先ず理解するべき事と考えます。(参照)

多くの方々(専門家方々も含め)が唯物科学や戦後教育の影響によって間違えた理解(ある種の洗脳?)がこの問題の根底にあり、特に医療分野に於いては、何の医療的な成果の得られない医学理論(三原色説の様な三種の錐体説)(参照)を元に理論が組み立てられているため(それは石原表の理論的解説も難しい)、色盲色弱は「遺伝だから治らない」と言う方便が現代医学で、まるで盲目的な宗教の様に信じられ、「色盲色弱は治る」と言った医療グループをひたすらメディアを使ってまで妨害活動をしてきたのが、1980年代に起きた色覚医療の現実でありました。

また、医学書等に書いて有る色覚の遺伝の話は(殆どの場合)目の機能である色覚の成長過程と関係する事柄(人の色覚は、胎生期、段階的成長過程を経る為、その病の殆どが赤緑異常となるのであり、程度にバラツキがでるのもその為と考えられる、だから色覚の発育不全と診断できる)であり、人が何かを見て色を感ずる行為と遺伝の話は、遺伝子で色を感じている訳ではないのだから、色を感ずる行為による色覚が正常か異常かを診断する事と、遺伝の話とは直接的な関係が無いと理解するべきで、色盲治療が確立されてない時代(現在もそうかもしれませんが…)の医療現場での患者に対する、ある種の言葉の綾として使われていた「遺伝だから治らない」と言う言葉を無理やりに医学理論に入れ込んでしまった為、医学書そのものが方便によって書かれている事に早く気付いてもらいたいと思います。

また色覚の確定診断は、石原表では出来ないので「アノマロスコープ(参照)等による精密検査が必要」である。と現代医学では解かれていますが、そもそも、その確定診断によって分類された第一異常(赤異常)第二異常(緑異常)などと言う分類そのものが「石原説」から考えればからに分化する事によって出来た同一感覚神経のプラス-マイナスの様なものであり、その様に分類することにどれだけの意味があるのか?疑問にさえ思えます。 赤異常であってもも良く見えていないし、同様に緑異常と診断されてもにも異常が見られる現実を無視出来ない。 また、補色関係に有る(を混ぜ合わせた色が出来ない(存在しない)(参照)のは、目の構造がその様になっている証拠ではないでしょうか?

交通事故事案(参照)に色覚問題は当然関わっているのであり、自己の進路選択にも切り離せない事としてついてくる現実を考えると、色覚医療が理論的にこれだけ改竄されている現実が、その後の研究開発、世論形成、リスク回避に大きな影響が有った事は当然の事として理解出来ると思います。 色覚差別撤回、ノーマライゼーション等と言う言葉で解決出来る事柄では無い事を理解してもらたいと思います。

            
pagetop

 2026年01月30日 (金)  ご 挨 拶
石原説ウェブサイト」を見てくださり、どうも有り難うございます。

インターネットの世界も「AI人工知能」が台頭し、新しい時代を感ずるこの頃です。
石原説」web siteも、一度見直す必要を感じたので、あらたに日記ページをつけていきたいと思います。

                                  宜しくお願いいたします。 石原説ウェブサイト管理者(CB49)

pagetop


Home | 解説と検査表 | 遺伝、原因 | サンビスタ | 交通事故 | 参考資料 | 参考資料2 | Q&Aあとがき色覚論日記n2Pastel Log
Copyright © Cb49 All Rights Reserved.